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津地方裁判所熊野支部 昭和38年(ワ)7号 判決 1965年4月21日

主文

被告は原告のために(イ)、別紙目録(一)記載の物件につき、昭和三四年三月二六日津地方法務局尾鷲出張所受付第四三七号をもつてなされた根抵当権設定登記、並びに同物件につき同年七月二九日同所受付第一、一四一号をもつてなされた根抵当権設定登記、(ロ)、別紙目録(二)記載の物件につき、昭和三四年一一月七日同所受付第一、六九四号をもつてなされた根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

被告は原告に対し、金一三万円並びにこれにに対する昭和三八年三月八日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告はその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。この判決は、原告において金四万円の担保を供するときは第二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「主文第一項同旨並びに被告は原告に対し金一八万円とこれに対する昭和三八年三月八日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、別紙目録(一)記載の宅地(以下これを第一物件という)並びに同(二)記載の建物(以下これを第二物件という)は原告の所有にかかるものである。

二、被告は第一物件に対し、(イ)、昭和三四年三月二六日津地方法務局尾鷲出張所受付第四三七号をもつて、被告を債権者とする同年三月二五日付手形並びに証書による取引契約に基く同日付根抵当権設定契約により、債権極度額を金八〇万円、利息は日歩金四銭、遅延損害金の利息は右利息の倍額に相当する額とする旨の根抵当権設定登記をなし、さらに(ロ)、昭和三四年七月二九日同所受付第一、一四一号をもつて被告を債権者とする同年七月二九日付手形並びに証書による取引契約に基く、同日付根抵当権設定契約により、債権極度額を金五〇万円、存続期間を昭和三五年末日までとする旨の根抵当権設定登記をなした。

三、被告はまた、第二物件に対し、昭和三四年一一月七日同所受付第一、六九四号をもつて、被告を債権者とする同年三月二五日付手形並びに証書による取引契約に基く同年一〇月一〇日付根抵当権設定契約により、債権極度額を金六〇万円、利息は日歩金四銭とする旨の根抵当権設定登記をなした。

四、しかしながら、原告は被告と右のような取引契約を締結したことはないし、被告のために第一、第二物件につき根抵当権を設定した事実もない。従つて被告は適法な根抵当権者ではないから、その実体関係に符合させるため、被告に対し第一、第二物件の前記各根抵当権の抹消登記手続を求める。

五、被告は前記各取引により原告に対して生じた貸付債権の元金合計一九〇万円とこれに対する昭和三五年二月一日以降完済まで日歩八銭の割合による遅延損害金の弁済を受けるためと称し、第一、第二物件につき前記各根抵当権実行のため昭和三七年一二月一七日津地方裁判所熊野支部へ不動産競売の申立をなし、同日同庁においてこれに基き不動産競売手続開始決定がなされ、さらに競売期日の指定、公告等の手続がなされた。

六、しかしながら、被告の右競売申立は何等実質的に有効な抵当権が存在しないにもかかわらず敢てなされた違法な申立である。すなわち、

(一)  前記のように、原告は被告との間において取引契約を締結したこともなければ被告に対し貸金債務を負担したこともなく、また第一、第二物件につき根抵当権を設定した事実もない。被告としては自己が適法な抵当権者でないことを承知していたが、或いはこれを承知し得べきであるのに過失によつて知らずに右申立をなしたものである。このことは以下述べるような事情、すなわち、第一物件について昭和三四年三月二五日付取引契約の際、根抵当権設定契約をなすと同時に停止条件代物弁済契約をも併せて締結しまた第二物件についても昭和三四年一〇月一〇日付根抵当権設定契約と同時に停止条件付代物弁済契約をも併せて締結したが、原告において債務を弁済しなかつたから約旨により第一、第二物件の所有権が被告に移転したとして、それぞれ昭和三五年三月二五日付をもつて被告宛に所有権移転登記をなしたこと、しかしながら右代物弁済契約は原告の関知しないところであり、これは訴外亡黒勝一、同きそ両名が原告の代理人と称し擅に被告との間でそのような契約をしたものであること、そして原告はこれを理由とし被告を相手として津地方裁判所熊野支部へ所有権取得登記の抹消登記手続を求める訴を提起し、一方被告においても右代物弁済が有効であることを前提とし、原告に対し第一、第二物件の明渡を求める訴を提起し、同庁において昭和三五年(ワ)第五三号所有権取得登記の抹消登記手続請求事件、同(ワ)第五四号土地、建物明渡請求事件として併合審理の結果、昭和三七年二月五日、原告の主張どおり第一、第二物件に対する代物弁済契約は訴外亡勝一、同きそが原告に無断で被告と締結したものであつて原告にその責任はなく、従つてこれによる代物弁済も無効であるとして被告に所有権取得登記の抹消手続を命じ、被告の主張を全面的に排斥した原告勝訴の判決が言渡され、該判決は同年二月二五日確定するに至つていることに徴しても明らかである。

(二)  もつとも本件においては根抵当権であり、さきの事件では代物弁済ではあるが契約の当事者も、目的物件もまた契約の機会も全く同一であつて不可分的になされているのであるから、いわばその一部とも言える代物弁済契約が無効であり、被告がこれによつて所有権を取得するものでないとする判決が確定した以上、根抵当権設定契約についても同じ事情が存在するのであろうことは極めて容易に推知し得るところである。

それにもかかわらず、たまたま第一、第二物件につき根抵当権の設定登記が残存しているのを奇貨とし、抵当権の実行に藉口して競売申立をしたのは最早適法な権利行使とは言えず不法行為を構成し、これによつて原告に加えた損害を賠償すべき義務を負うものである。

七、原告は被告の右競売申立の結果、抵当権の実行を排除し第一、第二物件の所有権を保全するため本訴をもつて根抵当権設定登記の抹消手続を求めなければならなくなつた。すなわち原告としても被告が右競売申立をすることさえしなければ本訴を提起する必要がなかつたのである。そして本件のように事実上、法律上極めて複雑、困難な事件は弁護士に委任しなければ法律知識に乏しい本人ではとうてい訴訟追行はでき得ないものである。よつて原告は弁護士浜口雄にこれを委任し、その際着手金(手数料)として金一三万円を同弁護士に支払つた。この額は本件訴訟の経済的利益を抵当権設定額一九〇万円とし、これに同弁護士所属の三重弁護士会制定にかかる最低手数料基準にてらして算出したものであつて相当な額といわなければならない。また原告は、第一、第二物件につき被告が前記のような競売申立をしたため、これに基いて競売期日の指定、公告等の手続がなされたが、これによつてその社会的な信用、名誉を損ねるに至つた。この精神的苦痛に対する慰謝料の額は金五万円を下らない。以下合計金一八万円が被告の前記不法行為により、原告が蒙つた損害である。

八、よつて被告に対し、第一、第二物件に対する各根抵当権設定登記の抹消手続と、金一八万円とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三八年三月八日以降、右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と陳述し、被告において抗弁として主張する事実のうち、訴外亡黒きそが原告の実母であることは認めるも、その余の事実はすべて争う、原告は訴外亡黒勝一、同きそ両名に対し、第一、第二物件に根抵当権を設定するための代理権を授与した事実はないし、また仮に被告が根抵当権設定契約の際、訴外人らが原告の代理権を有すると信じたとしても、以下述べるように被告自身に過失が存在したのであるから、信ずるにつき正当な理由があるとはいえない、すなわち、(一)、原告は訴外亡勝一の債務を担保するために内山家伝来の本件第一、第二物件を被告に提供すべき必要も義理合いもない、なる程訴外亡きそは、同勝一の妻であり、原告は亡きその実子ではあるが、同きそは原告の父亡内山辰蔵の死後、原告を残して勝一の許に嫁いたものであり、それ以後原告としては、きそに対しても肉親としての愛情は抱いていなかつたし、まして全く血縁のない勝一に対しては尚更のことである。このような事情は被告としても容易に知り得べきことである。(二)、被告は訴外亡勝一が資金を必要とする事情を十分承知しているし反面原告がこれを必要としないことも承知していた。従つて原告としては他人のために貴重な財産を提供する形となり、これは余程の事情がないとできないことである。(三)、また訴外亡勝一、同きそが被告方を訪れて第一、第二物件を担保に提供する旨申入れた際、同人らがその権利証を所持していなかつた。このことからも訴外人らが原告から代理権を授与されたという言辞を疑うべきであつた。(四)さらに被告は第一、第二物件を見分しながら、同所に居住している原告に逢つて担保提供の有無を確認するようなことをしなかつた。このような調査は文字どおり一挙手一投足の労で、足りるのにこれを厭つた。被告としては右のような諸事情から十分調査をして確認すべきであるのにこれを尽さなかつた点に過失があつたといわざるを得ない。従つて原告としては訴外亡勝一、同きその前記契約につき責を負う筋合いはない。また原告がさきの事件の際併せて本件根抵当権設定登記の抹消手続を求めなかつたのは、被告において一応第一、第二物件の所有権を取得した形になつたため、抵当権は混同によつて消滅すると思料したことと、前記事件の判決が確定した後に至り被告において本件抵当権の有効を主張して競売の申立をするとはとうてい考えられなかつたことによるものであつて、この点原告に過失はないと述べた。

立証(省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告の主張事実中、本件第一、第二物件が原告の所有であること、第一、第二物件に対し原告主張の日時にその主張のような内容の根抵当権設定登記がなされたこと、被告が昭和三七年一二月一七日、津地方裁判所熊野支部へ第一、第二物件につき原告主張のような理由で競売申立をなし、同日同庁において競売手続開始決定がなされ、さらに競売期日の指定、公告等の手続がなされたこと、また第一、第二物件につき原告主張の日時にその主張のような理由で被告宛に所有権移転登記がなされたこと、その後原告主張のような経緯により津地方裁判所熊野支部に訴訟事件として係属し、昭和三七年二月五日原告勝訴の判決の言渡がなされ該判決は同年二月二五日確定したこと、はいずれも認めるがその余の事実は争うと述べ、抗弁として、

(一)、被告は訴外亡黒勝一の依頼により同訴外人に対し左記のとおり前後八回に亘り、同人が経営するハイヤー会社の資金として合計金一九〇万円を貸付けた。

(1)  昭和三四年 三月二五日    金七七万円

(2)  同年    四月 一日    金 五万円

(3)  同年    七月一五日    金二五万円

(4)  同年    七月二九日    金一〇万円

(5)  同日             金一〇万円

(6)  同年   一〇月一一日    金三八万円

(7)  同年   一〇月一五日    金一〇万円

(8)  同年   一一月二九日    金一五万円

そして右(1)の貸付に際し、この債権を担保するため訴外亡勝一、同きそは被告に対し第一物件につき原告主張のような内容の根抵当権を設定し、また右(4)の貸付に際し同訴外人らは同様第一物件につき根抵当権を設定し、さらに(6)の貸付に際し同様第二物件につき根抵当権を設定してそれぞれその登記を経たものである。しかして右各根抵当権設定の際、訴外亡勝一、同きそは原告を代理する権限を有していたものである。このことは右貸付に当り同訴外人らは少くとも数回被告方へ原告の実印を持参して来ていた。そしてその実印は平素原告が自宅の箪笥の中に納めて厳重に保管していたのであつて、原告以外の第三者は―たとえ訴外亡きそが原告の実母であつても―原告に無断で持出し得るものではない。にもかかわらず同訴外人らが原告の実印を持参していたということは、原告が同訴外人らの右貸金債務を担保するため物的又は人的保証をすることを承諾し、同人らにその保証のための契約に関し代理権を授与して実印を交付したものと推定せざるを得ない。また原告は同訴外人らの事業をやがて継ぐべき立場にあつて、これに協力すべき理由があつたことからも明らかである。従つて右根抵当権設定の効力は当然本人たる原告のために生ずるものである。

(二)、仮に当時、同訴外人らが第一、第二物件に根抵当権を設定するにつき、原告を代理する権限を有していなかつたとしても、原告は当時同訴外人らに対し、その所有にかかる不動産を担保として金員を借用することを委任し、そのために実印を交付していたものであるところ、たまたま同訴外人らはその代理権の範囲を踰越して本件根抵当権を設定するに至つたものである。そして被告としては同訴外人らが原告を代理する権限ありと信じていたものであり、かつそのように信ずるにつき正当な理由があつた。すなわち前記のように同訴外人らは原告の実印を所持していたこと訴外亡きそは原告の実母であること、同訴外人は長年教員をしており徳望も篤く人格も高潔であつて十分信頼し得る人物であること、またその夫である訴外亡勝一もハイヤー会社を経営する紳士であり、同人らの言動を疑う余地はないこと、前記のように原告は同訴外人らの事業に協力する理由が存在したこと等の事実に徴しても被告がそのように信ずるのは極めて自然であつて結局正当な理由があるといわなければならない。従つて民法第一一〇条により本人たる原告はその責に任ずべきものである。

(三)、また損害賠償の点に関して、仮に原告の主張するような事実があるとしても、原告自身にも重大な過失が存在するすなわち原告は被告に対し、さきに第一、第二物件に関し所有権取得登記抹消手続請求事件として訴を提起しているのであり、これと本件根抵当権の設定と同じ事実的な基礎に立つというのであれば、当然右訴訟の際併せて本件根抵当権設定登記抹消手続も請求すべきであつた、そうすれば本件の如く二重の訴訟になることもなく、原告としてもその主張するような出〓を必要としなかつた筈である。

と主張した。

立証(省略)

理由

一、第一、第二各物件がともに原告の所有であること、そして第一物件につき、(1)、昭和三四年三月二六日津地方法務局尾鷲出張所受付第四三七号をもつて原告主張のような内容の根抵当権設定登記が、(2)、さらに同年七月二九日同所受付第一、一四一号をもつて同じく原告主張のような内容の根抵当権設定登記がそれぞれなされたこと、また第二物件につき、昭和三四年一一月七日同所受付第一、六九四号をもつて原告主張のような内容の根抵当権設定登記がなされたことについてはいずれも当事者間に争いがない。

二、右根抵当権の設定登記がなされたことにつき、被告は、訴外亡黒勝一に対し昭和三四年三月二五日から同年一一月二九日に至る間、前後八回に亘り合計金一九〇万円を同訴外人の営むハイヤー会社の経営資金として貸付けたが、右貸金債権を担保するため原告の代理人であつた訴外亡黒勝一、同きそと被告の間において原告所有の第一、第二物件につきそれぞれ登記簿記載の内容どおりの根抵当権設定契約を締結し、これに基いてその登記をなしたものである。当時右訴外人らが右第一、第二物件につき根抵当権設定契約をなすにあたり原告を代理する権限を有していたことは訴外亡きそは原告の実母であり、訴外両名は契約締結の都度原告の実印を所持していたこと、原告の実印は日頃原告自身厳重に保管していたものであつて、たとえ実母といえども第三者にとつては無断で持出し得ない状態にあつたこと、従つて訴外人らが原告の実印を所持していたということは、原告自身が代理権を授与してこれを訴外人らに交付した事実を示すものであり、また原告は同訴外人らの事業に協力する理由があつた、以上の事情からも明らかに窺い得ると主張する。証人林孫琪の証言並びに被告本人尋問の結果を綜合すると、訴外亡勝一が被告主張のとおり昭和三四年三月二五日から同年一一月二九日に至る間前後八回に亘り合計金一九〇万円を借受けたこと、そして訴外人らが原告の代理人と称し被告との間において、第一物件につき(1)、昭和三四年三月二五日、次いで(2)、同年七月二九日の二回に亘り、それぞれ登記簿記載のような内容の根抵当権設定契約を締結し、また第二物件につき昭和三四年一〇月一〇日同じく登記簿記載のような内容の根抵当権設定契約を締結したこと、そしてこれに必要な書類の作成につき原告の実印を同訴外人らが所持、使用していること、訴外亡勝一が前記の資金を被告より借入れるに際し、被告宛に差入れた原告作成名義の借用金証書(乙第五号証の一)、主債務者を原告名義とし連帯保証人を黒勝一、同きそ名儀とする保証書二通(乙第五号証の二及び乙第七号証の四)、主債務者を原告名儀とし連帯保証人を黒勝一名儀とする保証書(乙第六号証の四)、原告、黒勝一、同きその共同振出名儀の約束手形六通(乙第五号証の三、第六号証の一ないし三、第七号証の一、二)、原告、黒勝一両名の共同振出名儀の約束手形(乙第七号証の三)のうちそれぞれ原告名下の印は訴外両名において予め押印のうえ被告へ交付したり、また中には二、三回訴外人らにおいて原告の実印を被告方へ持参して来たこともある事実を認めるに足り他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかしながら訴外亡勝一、同きそ両名が第一、第二物件につき原告を代理して根抵当権設定契約を締結する権限を有していたとの点はすべての証拠を検討してもこれを認めることはできない。ただ前記認定のとおり、訴外人らが原告の実印を使用したり、被告方へ持参したこともあるという点から或いは原告において訴外亡勝一が被告から資金を借受けるに際し人的または物的保証をすることを承諾したのではないかとの疑いも生じ得るが、この点は原告本人尋問の結果によれば、当時訴外亡きそに対し同人らが三重銀行に対する金二〇万円の債務につき保証人となることを依頼されて承諾し、二回に亘り同人に自己の実印を預けた事実を認めることができるので、訴外人らがこの機会に乗じて被告に対する借受金の分についても使用したことも考えられ、結局この実印使用の事実をもつてしても原告が訴外人らに対し、第一、第二物件に根抵当権を設定するにつき代理権を授与した事実を肯認するに足りないといわなければならない。従つて被告のこの点に関する主張は理由がない。

三、次に被告は、仮に訴外亡勝一、同きそ両名において第一第二物件に根抵当権を設定するにつき原告を代理する権限がなかつたとしても、原告はかねて訴外人らに対し自己所有の不動産を担保に提供して金員を借用することを委任していた事実があり、訴外人らとしてはその権限の範囲を〓越して本件根抵当権設定契約を締結したものである。そして被告としては訴外人らが第一、第二物件に根抵当権を設定するにつき、原告を代理する権限ありと信じていたものであり、被告がそのように信ずるについては正当な理由があつた。従つて原告としては民法第一一〇条により本人としてその責に任ずべきものである旨主張する。そこでまず当時原告が訴外亡勝一またはきそに対し何等かの法律行為につき代理権を授与していた事実が存するか否かについて検討する。原告本人尋問の結果によると、訴外両名が第一第二物件に根抵当権を設定した当時、原告は訴外亡きその依頼により同人らが三重銀行から金二〇万円を借入れるに際し、同人のため保証となることを承諾し、債権者との間において保証契約を締結するにつき訴外亡きそにその代理権を授与し自己の実印を交付している事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。して見ると訴外亡きそは少くとも右の点に関しては原告を代理する権限を有していたものであり、同人らが第一、第二物件につき根抵当権を設定したのは結局その代理権の範囲を〓越したものといわなければならない。次に被告が訴外人らが原告を代理する権限ありと信ずるにつき正当な理由があつたか否かを検討する。訴外亡きそが原告の実母であることについては当事者間に争いがなく、また訴外亡勝一、きその両名が被告から資金を借入れたり、根抵当権設定契約書を作成するに当り原告の実印を使用し、また被告方へ持参したこともあるという点は既に認定したとおりである。しかし原告が訴外人らの事業を継ぐべき立場にあり、原告としても同訴外人らの事業に協力する必要があつたとの点は認められないところであり、また、成立に争いのない乙第二号証の三と証人仲純夫の証言とを総合すると、訴外亡きそが第一物件につき根抵当権の設定登記手続を司法書士仲純夫に委任するに際し、同訴外人は原告の代理人と称しながらも右物件の権利書を紛失したとして持参せず、保証書を提出して登記をした事実を認めることができ他に右認定を覆すに足る証拠はなく、また本件の経緯に徴すれば右の事実は被告自身も承知していたものと推認される。そして本人が第三者を代理人としてその所有にかかる不動産を担保の目的とし、これに抵当権を設定するような場合、本人の実印は勿論その不動産の権利証を交付するのが通例であり、たとえ第三者が本人の実印を所持し代理である旨陳述したとしても、権利証を所持しないことは異例ともいうべきであつて往々無権代理人たる場合もあり得ることは経験則上明らかなところである。まして被告のように金融を業とする者にあつては万一の過誤を避けるため此の点に慎重な注意を払う必要があるのは当然である。加うるに前記認定のように本件賃金の目的は訴外亡勝一の経営するハイヤー会社運転の資金であり、原告にとつて見れば他人のため自己所有の不動産を担保に提供するという形になつているのであるから、尚更担保の提供が所有者の真意に基くものであるかどうかに一段と配慮すべきものといわなければならない。この点はたとえば原告と訴外亡きそとが真実の母子であつたとしてもその配慮を免れ得るものではない。ところで証人林孫琪の証言並びに被告本人尋問の結果によると、被告またはその実弟で被告の業務を補助していた訴外林孫琪は、訴外勝一、同きそから本件貸金の依頼を受け、第一、第二物件を担保に提供する旨の申込を受けた際第一、第二物件が果して担保価値があるかどうかを確めるため現場に赴いて見分しており、しかもその当時原告がその場所に居住していることを知りながら、かねて訴外亡きそから「原告の了解が得てあるから間違いがない」、「原告は世間なれがしていないし人前に出るのを嫌がつているから」とか「原告方のお婆さんがうるさい」等と云われていた言葉に従い、原告本人に逢つて真否を確認するような手段を執らなかつた事実が認められ他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして訴外亡きそが被告らに告げた右言辞の内容は被告らが原告本人と本件のことに関し直接逢う機会を得ることをなるべく避けようとの意図を含むものであることは容易に察知できるところであり、その故にこそかえつて原告本人に直接確める必要があつたものといわなければならない。しかも右認定のとおり原告方まで現実に赴いているのであるあるから、原告に逢つて確認することは文字どおり一挙手一投足の労にすぎないのである。それにもかかわらず訴外亡きその言辞を軽信し右の労を厭つて確認をしなかつたのは被告の過失であるというべきである。そして仮に被告としては訴外亡勝一、同きそが第一、第二物件に対し根抵当権を設定した際、原告の代理権ありと信じていたとしても、右のように信ずるについて過失があつた場合には正当な理由ありということはできないのであるから、被告としては民法第一一〇条に基いて原告に本人としての責を問うことは許されない。被告のこの点に関する主張も理由がない。

四、従つて第一、第二物件につき、訴外人らがなした根抵当権の設定は本人たる原告に対し何等の効力を及ぼすものでなく結局無効といわざるを得ないから、被告に対しこれが設定登記の抹消を求める原告の請求は相当である。

五、次に原告の被告に対する損害賠償の請求の当否について審按する。

(一)、被告が第一、第二物件につき前記根抵当権の実行として昭和三七年一二月一七日津地方裁判所熊野支部へ不動産競売の申立をなし、同日同裁判所において競売手続開始決定がなされ、さらに競売期日の指定、公告等の手続がなされたことは当事者間に争いがなく、また右根抵当権の設定が無効のものであつたことは前示のとおりである。そして抵当権の実行という行為は法律上認められた権利の行使ではあるが、外観上このように権利の行使のような形態をとつていても、権利者において行使すべき権利が何等かの事由によつて存在しないことを知り、或いは通常の注意をもつてすれば、その権利の不存在が容易に知り得べきであるにもかかわらず、過失によつてその不存在を知らず権利の実行に及んだ場合には、最早適正な権利の行使ということはできず不法行為として他人に損害を加えたときはこれが賠償の責を負うべきものである。

(二)、そこで本件において、被告が右不動産競売の申立をした際、根抵当権が実質的に存在しないことを知っていたかどうか、或いは知り得べき状態であるのに過失によつて知らなかつたかどうかについて検討する。まず訴外亡勝一、同きそが原告の代理人と称して第一物件につき、昭和三四年三月二五日被告のため前記のような根抵当権を設定した際これと併せて貸金債務八〇万円を担保するため停止条件付代物弁済契約を締結して右根抵当権設定登記と同時に所有権移転の仮登記を経たこと、また同じく第二物件につき、昭和三四年一〇月一〇日、被告のため前記のような根抵当権を設定した際、これと併せて貸金債務六〇万円を担保するため停止条件付代物弁済契約を締結して右根抵当権設定登記と同時に所有権移転の仮登記を経たこと、そして第一第二物件とも昭和三五年五月二五日付をもつて、原告において債務を弁償しなかつたから約旨により被告に所有権が移転したとしてその旨の所有権移転登記がなされたこと、その後原告は被告に対し右代物弁済契約は訴外亡勝一、同きそが原告に無断で被告と締結したものであるから無効であるとして津地方裁判所熊野支部へ第一、第二物件に対する被告の所有権取得登記の各抹消手続を求める訴を提起し、反面被告もまた原告に対し、右代物弁済が有効であることを前提として第一、第二物件を被告に明渡すことを求める訴を提起し、それぞれ同庁昭和三五年(ワ)第五三号所有権取得登記抹消登記手続請求事件、同(ワ)第五四号土地建物明渡請求事件として併合審理された結果、昭和三七年二月五日原告の主張どおり、第一、第二物件に対する代物弁済契約は訴外亡勝一、同きそが原告に無断で締結したものであつて原告にその責任はなく、従つてこれに基く代物弁済も無効であるとして被告に所有権取得登記の抹消手続を命じ、被告の主張を全面的に排斥した原告勝訴の判決がなされ、この判決は同年二月二五日確定したこと、はいずれも当事者間に争いがない。以上の事実、特に第一物件に対する代物弁済契約と極度額八〇万円の根抵当権の設定契約、また第二物件に対する代物弁済契約と根抵当権設定契約は、いずれも当事者を同じくし契約も不可分的になされていること後日そのうちの代物弁済が無効であると判断されていることに徴すれば、通常の注意を払えば直接判断の対象とはならなかつたとはいえ、代物弁済と同じく債権の物的担保の機能を果す根抵当権設定も同様の理由により無効であろうとの推定は容易になし得る筈であり、これからさらに機会こそ別ではあるが当事者の同一であること取引の形態目的物件も同様であること等から第一物件に対する昭和三四年七月二九日付の根抵当権設定契約も同様の結論ではないかとの疑いが生ずるのが当然である。このように確定判決により容易に権利の実質的不存在が窺知し得る場合、なお登記簿に記載されている抵当権に基いてその実行をしようとするならば、直接設定者自身に確認する等して権利の存在に一層慎重な調査方法を講ずべきは勿論である。しかしながらそのような調査方法を講じたことは被告において何等主張、立証しないので、そのような調査はしなかつたものと認めるほかはない。して見ると被告としては前記判決の確定した後である昭和三七年一二月一七日、たまたま根抵当権の登記が残存している一事をもつて漫然不動産競売の申立をしたのは、権利不存在について故意がなかつたとしても過失があつたものと解するのが相当である。被告は仮に代物弁済が無効であるとしても抵当権の設定とは意味を異にし問題も別個であるという。しかし前示のように代物弁済は通常債権の物的担保としての役割を果していることが多いのは顕著なことであり、その意味において代物弁済と抵当権の機能は共通の面を有するといえるのであつてこれをことさら区別することは妥当でない。従つて被告の第一、第二物件に対する競売申立は外観上権利行使の形態を備えているが、その内容たる抵当権は存在せず、また通常の注意を払えば容易にその不存在を推知し得る状況にあつたのに過失によつてその不存在を知らずになしたものと認められるので、最早適正な権利の行使ということはできず不法行為を構成し、これによつて原告に損害を与えたとすれば民法第七〇九条によりその損害を賠償すべき義務を負うものである。

(三)、ところで原告は、被告の右不法行為により蒙つた損害の一部として根抵当権の実行を排除するため抵当権設定が無効であることを前提として根抵当権設定登記の抹消手続を求めるため本訴の提起を弁護士に委任したが、その弁護士に支払つた手数料を挙げている。不動産に対して競売手続開始決定がなされた場合、これに不服な利害関係人は競売裁判所に対して異議の申立をし得ると解され、しかも異議の理由は形式的な違法のみならず実体上の理由に基くこともできるとされている。従つて原告としては第一、第二物件に対する競売を阻止しようとすれば、競売手続開始決定に対し異議の申立をなし、根抵当権の不存在を主張、立証して決定を受けることもでき、一見その方法による方が時間的にも経済的にも負担が軽いという見解も成立たないわけではない。しかしながら異議の裁判には既判力はないものとされこれによつては基本となつた権利の不存在を終局的に確定することはできないから、実体的な権利の存否を争う場合には、訴によつてその終局的な存否を確定することが必要であり最も確実な方法といい得る。このような次第で原告が第一、第二物件に対する所有権を保全し、抵当権の実行を窮極的に阻止するためには本訴を提起することが必要であり、また相当であつたといえる。そして本訴において原告がなすべき事実上、法律上の主張、立証は著しく微妙、複雑であり、かつこれに対し予想される被告の認否、抗弁等を考慮するときは法律知識、訴訟実務に疎い原告本人がこの訴訟を追行することは極めて困難であることは明白であり、これを弁護士に委任してその追行を図ることは相当であると認められる。もつとも我が国の民事訴訟は法制上特別な例外を除いて弁護士に委任することを強制せず、弁護士に訴訟委任をすることはあくまでも当事者の自由意思に委ねるという建前を採つているが、一方弁護士は当事者その他関係人の依頼により訴訟事件その他の法律事務を行うことを職務とし、しかも弁護士たるの資格を有する者は厳格に制限されて真に法律知識並びに法律事務に精通する者に限られていること、また訴訟において法令上特別の事由によつて認められる者のほか簡易裁判所の事件を除いて弁護士でなければ訴訟代理人となり得ないものとされていること、弁護士でない者は報酬を得る目的で訴訟事件その他の法律事務を取扱うことは禁止され、この禁止規定に違反した者に対しては刑罰を以て臨んでいること等の制度に徴するときは、訴訟事件を合理的かつ能率的に運用するために弁護士に委任して訴訟追行にあたる方法を極めて通常の形態として予想しているものと解されまた実務上もこれが通常の形態となつている。従つて制度上弁護士強制の建前を採つていないからといつて、これをもつて直ちに弁護士に委任するのは不必要なことと断ずるのは相当でない。このような次第で原告が弁護士に委任し、その手数料ないし報酬として支払つた金額のうち相当額は本件訴訟につき必要な出損というべきであり、延いてこの出損は被告の違法な競売申立によつて蒙つた通常生ずべき損害ということができ、被告はその賠償の義務を負うものである。そして成立に争いのない甲第六号証と第七号証によれば、原告は弁護士浜口雄に本件訴訟の追行を委任し、その着手金(手数料)として金一三万円を支払つたこと、そしてこの金額算定の根拠は本件訴訟の経済的利益を基礎とし、同弁護士の所属する三重弁護士会の定める基準に従つて算定したものであるが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして我が国においては、弁護士が当事者より訴訟委任を受けた場合着手金として前払いを受ける慣習があることは当裁判所に顕著な事実であり、また右金一三万円の額は原告として本件訴訟の経済的利益内容の複雑、困難性及び本件における被告側の応訴の態度等から見て相当な額といわなければならないから、これを被告の不法行為による損害として被告にその賠償を求め得るものである。

しかしながら、原告はそのほか、被告が違法に競売申立をしたことにより、競売期日の指定、公告等の手続がなされたため社会的にその信用、名誉を損ねたと主張し、精神的苦痛に対する慰藉料として金五万円の賠償を求めているが、これは将来競売手続が取消され第一、第二物件の所有権を保全することにより十分回復し得る性質のものであり敢て精神的苦痛としてその損害を賠償する必要があるものとは認められない。従つて原告の主張中、この点は理由がない。

(四)、なお被告は、仮に原告において本訴を提起する必要があつたとしても、その時期、方法は著しく不当である。すなわち、原告自身主張する如くさきに津地方裁判所熊野支部に対し被告を相手として所有権取得登記の抹消登記手続を請求して訴を提起しているのであり、しかも本件根抵当権の設定と右所有権移転の原因となつた代物弁済契約とは同一当事者において同時に不可分的になされたものである。従つて原告のいうように代物弁済契約も根抵当権の設定契約も無効であるならば、右所有権取得登記の抹消登記手続請求事件の際、併せて本件根抵当権の抹消手続をも請求すべきであつた。両者とも基礎的事実は共通しており、そのための立証も特に必要とせず時間的にも経済的にも負担を軽くすることができ得た筈である。それを現在に至つて根抵当権設定の無効を理由としてその抹消手続を求めるのは重大な過失であると主張する。前記認定の経緯に徴すれば、被告主張のように原告としてはさきの所有権取得登記抹消登記手続を求めた際、併せて本件根抵当権設定が無効であることを理由としてその抹消手続を請求し得たものといわなければならない。けだしさきの訴訟当時、原告としては第一、第二物件に代物弁済による所有権移転登記と本件根抵当権設定とがなされていたことは十分承知していたところであるし、しかも両者を無効とする理由は全く共通していて一方のため特に余分な主張、立証をする必要もなく、また根抵当権設定登記の抹消手続を求めるには、抵当権者からの競売申立を俟つてでなければならないものでないことは常識的にも容易に理解し得る筈であつて、訴訟経済の面からも双方に有利であつたからである。しかしながら原告が本件訴訟を提起するに至つた原因は、被告が第一、第二物件につき競売申立をなしたためこれを排除して自己の所有権を保全するためであることは前記認定の経緯にてらし明らかである。若し被告において第一、第二物件に対し設定された根抵当権が実質的に存在しないものであることを承知し、これが実行をしなければ原告としても本訴を提起しなかつたであろうことは容易に窺知し得るところである。して見ると原告自身においても前示のとおり、さきの訴訟の際併せて本件根抵当権の抹消手続を求めるが至当であるにもかかわらずそれを求めなかつた点に責任がないとはいえないとしても、すくなくとも本件訴提起を余儀なくした直接の原因が被告自身の不法行為にある以上、過失相殺を認めるべきではないと解する。従つて此の点に関する被告の主張も結局理由がない。

六、以上の次第であつて原告の本訴請求中、被告に対し第一、第二物件につきなされた各根抵当権設定登記の抹消手続を求め、かつ不法行為による損害金のうち金一三万円とこれに対する本訴状が被告に送達された翌日であること記録上明白な昭和三八年三月八日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は相当としてこれを認容するもその余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

別紙

目録(一)

尾鷲市大字中井浦四六六番の五

一、宅地    二八坪一合五勺

目録(二)

尾鷲市大字中井浦四六六番の五

家屋番号 同所一、六九一番

一、木造瓦葺二階建居宅兼店舗 一棟

床面積    一階 一七坪

二階 一二坪

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